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マラソンマンのどすこい日記
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走ることや大相撲を愛する元青年のつぶやきです。

元青年の急な旅立ちにより、その妻が勝手に
ブログ継承。大相撲もマラソンもよく知らない
元乙女から元青年へ。
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バースデーイヴ

2018/10/31 20:44
明日はパパの誕生日

今日はあの万国旗をお仏壇の上に飾った。
子供みたいなだけどね。

そっちで笑ってね。

主役のいない3度目の誕生日イブ。

今から涙が出て困ったなあ。

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楽しい思い出に

2017/12/22 13:17
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先週、パパのお父さんとお母さんに会った。久しぶりに高速道路を走り
私の実家にも寄った。
実家の母は腰痛で動けなかった。
やはり80歳に近くもなると
みんな身体の不調のひとつふたつは
出るようだ。
パパの実家に行ってお父さんの入れてくれたコーヒーを久しぶりに飲み、お母さんを車に乗せて
飛鳥 IIの停泊する桟橋へ。
その前に一緒にお墓まいりもした。
お母さんは飛鳥で一泊のクルーズ旅行だった。
早朝、船の上のジャグジーで景色も楽しんだそうだ。
港のさまざまな景色の中には
パパが働いていた建物や、最期を過ごした病院もあった。
お母さんは少し複雑な思いだったそうだ。
私だって、今でもその辺りを通ったり、テレビに景色が出てくると
涙が出る。
でも、パパはきっと悲しくて辛いことより、楽しかったことを思い出してほしいだろうと思う。
あの港の景色の中には、家族で遊びに行った場所、泊まったホテル
お化け屋敷やメリーゴーランド、
そのほかたくさんの楽しかった思い出がたくさん。
辛いことを思い出さなくても、
私たちは楽しかったこと、嬉しかったことを選んで思い出すことができる。そのほうが、いいよね?パパ
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叫んだ

2017/12/02 20:06
時々、突然なぜパパがいないのか
わからなくなる。
一周忌もおわり、お墓もお仏壇もあって、毎日お参りに行く。
パパはいない。

だけど時々、いつものパパの姿が
思い浮かぶ。
あの姿にはもう絶対に会えないことが理解できなくなる時がある。
昨日、叫んだ。
枕に顔を押し付けて叫んだ。
喉が枯れるくらい叫んだ。

パパーなんでいないんだよ!
パパ!なんで死んじゃったの!

喉がヒリヒリした。
少し気が楽にはなった。

姿は見えない。
でも パパは いまも 一緒に いる。
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日課

2017/10/28 15:41
一周忌が終わって、納骨をしてから
お墓参りが日課。
ほぼ毎日。
1日に2度行くことも。
だからお花はいつも枯れることがない。
パパがお墓にいるのかどうかはわからないんだよね。
家のお仏壇でお線香をあげて、
パパーこれからお墓に行ってくるよ
と出かけて、
お墓でまたお線香をあげて、お花の水をかえて
また明日くるねーと家へ。
家に帰ってきたらまたお仏壇に行って
ただいまー今お墓からかえってきたよー。
この間、早ければ 20分。
この時間が私にとってなんだかホッとする
パパと毎日話をする大事な生活の一部になりました。
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自宅最後の時間

2017/09/28 18:55
一年前の今日、パパは約2週間ぶりに退院して家に帰りました。
家に戻ったら少しは元気も出て、
少しは食べられると思っていました。
でも実際はずっと辛そうだったね。
薄めたポカリスエットをストローで
何口か飲むのがやっと。
「早く訪問のお医者さんが来てくれないかな」
そう言っていたね。
その時、私が思った以上にずっとずっと体調が悪いのだとわかった。
病院にいた方が安心だったのかなとも思った。
でも病院でのあまりにも心無い対応に我慢がならなかった。
あなたの命は残り少ない
そう告げられた直後、寄り添って
くれた医師や看護師はいなかった。
病室に戻ったら翌日退院する隣のベッドの患者さんに医師たちがおめでとうございますと言っているのが聞こえた。
すぐにでもパパを家に帰してあげたかった。

結局、パパが家に戻ったのは半日だった。
次に戻った時は小さな箱に入っていた。

もうすぐパパが入った小さな箱は
お墓におさめられます。
だからその前にゆっくり家を楽しんでね。パパのために頑張って買ってきた座椅子に座ってね。
ここは永久にパパと私たちの家だから、好きな時に戻ってきてね。
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一人旅

2017/09/06 18:15
息子が初めての一人旅に出かけた。
詳しくは聞いていない。
でもその気持ちはわかるようにも
思うし、
母の想像できるものではないだろうとも思う。
ただ、甘えん坊で何でも「ママ ママ」と言っていた子が
自分で考え自分で決めて、自分で行動している。
大人なのだから当然ではあるけど
幼なく可愛らしい息子の姿が
記憶に染みついている母としては
とても感慨深い。
亡き父も喜んでいるだろう。


ベイスターズのスローガンは
Our time is N.O.W だそうだ。

息子には
Your time is N.O.W

と贈りたいと思う。

親バカながら、良い青年に育ってくれた。息子に感謝。
亡き夫にも感謝。

良い旅を!
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なんでいないのかなあ?

2017/08/31 16:11
わかっているんだよ、11カ月前パパが天国に行っちゃったことは。
しっかり見送ったし、お墓もお仏壇もある。
もう周りの人は私たちがすっかり元気で、普通に暮らしていると思っている。
もちろん元気だし、大丈夫なんだ。
でも、時々 急に頭がいっぱいになる。
どうしていないの?
なんでパパがいないの?
やっぱり私の中ではあの日から
かわっていない。

なんでいないの?
どうしてパパだけがいないの?

これは夢なのか、何が夢なのか
未だにわからなくなる。

どうして
パパは
いないのかなあ?
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一周忌までは

2017/08/13 17:57
ずっと一周忌までは 頑張ろうと思ってきました。
さまざまな手続きもほとんど終わり、畳替えと襖替え、お仏壇を入れ、
お坊さんにも連絡をした。

少しホットしたのか力が抜けたのか、
やはり疲れが出たのか自宅の階段から落ちました。
たいしたことはないけど痛かった。
一周忌までは、一周忌までは
ずっと思ってきたけれど一周忌は一年たった通過の途中、
パパがいない私たちの生活はまだまだ長い。
そうなんだ、パパがいなくなってまだ一年もたたないんだ。
これからの人生はまだまだ長いのにね。
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一日

2017/08/02 10:12
あれから10回目の一日がやってきた。
天気がわるくてお花も買いにいけず、あった桃をお供えした。
明日は家の中のちょっとしたリフォーム。だから祭壇も移動。

あれから10ヶ月。
そんなぬ長い期間パパに会っていないなんて思えない。
私はいつも通り、パパに話しかけている。返事はないけど聞こえてくる気もしてる。
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一日 ついたち

2017/08/01 23:43
あの日から10回目の一日。
あれから10カ月たったんだ。
そんなに長い間パパに会ってない?
声も聞いてない?
確かにそうなんだ。
でもわたしは普通にパパに話しかけているし、聞こえなくても返事は
ある気がしてる。
まだ突然暗闇に落ちる日もある。
そんな時、パパがやりたかったことを
わたしがやります。
正確にはわたしがしたいことをやります。
たぶんパパはそれでいいよと言うから。
タブレットで学生の頃、一日に八時間も
練習した曲たちをきいた。
リスト ショパン シューマン‥

二十歳の自分が必死に頑張り
苦しいけど楽しかった時間を
思い出した。
パパのできなかった分を、わたしが楽しむ、頑張る、
もう一度二十歳の頃をおもいだしてみよう。
明日はちょっと部屋のリフォーム。
パパの居場所がきれいになるよ。
メソメソなるときは、昔を思い出して
また挑戦する、良い方々かもね。
二十歳の私、意外と上手に弾けてたよ。
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あいたいなあ

2017/07/29 22:38
ただただパパにあいたいなあ。
声を聴きたいなあ。
パパが立っていた場所、座っていた椅子、履いていた靴、ランニングウェアも
そのままだよ。
「ただいま」そう言って玄関を入るのと
同時に、息子の「お帰り」の声。
たったそれだけのことが、本当に幸せだったんだね。
パパ、あいたいなあ。あいたいなあ。
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ふと思う

2017/07/25 23:34
パパが旅立ってから間も無く10ヶ月。もうすぐ一周忌だ。
きっとご近所さんとかちょっとした知り合いは、もう一年?早いわね
たぶんそう言う。
しかし私にとったらあの日から進んでいない。気持ちのうえでは止まったまま。
旅行や食事に誘ってくれる人もいる。しかし正直、行きたくない。
寂しくかわいそうな私 を励まそうとしてくれているのはわかる。
でもどこかに、これが、夫を亡くしたのが自分じゃなくて良かった
そう思っている感じがしてならない。私は卑屈なのかな?
本当に私の気持ちを思ってくれるのなら、本当はほっておいてほしい。よけいな言葉もいらない。
だってそういう優しい言葉を言うあなた には旦那さまがいるんです。
正直言えば、夫婦連れ、家族連れいっぱいの夏休みは
私には苦痛です。少なくとも今は。
私たち家族には思い出しかありません。元気な夫、元気な父親と
一緒に出掛けることは二度とないのです。あるとしたら夢だけ。
夫を亡くしわかったことがあります。優しい言葉をかけてくれるのもありがたい。
でもその言葉を言うあなたの後ろにある幸せは、今の私のには
辛く、夫の不在を強く感じるものなのです。
だから、本当に気遣ってくれるのなら、何も言わずいてください。
死別の苦しみはたぶん同じ経験をした人にしかわからないようです。
死別経験者同士でも考えは違うかもしれません。
ただ、みんなが思っている以上に
私たちの傷は深く、まだ傷口から
紅い血が流れて止まらないのです、
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ふすま

2017/07/23 14:42
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家を建ててちょうど20年。
そのわりには我が家の内装は
綺麗なほうだった。
しかしさすがにふすまはいろんなシミや手跡がつき、畳はガサガサで
黒い服で寝転がるとそのささくれが
服についた。
もう5年ほどまえから畳とふすまを替えようと、パパと話した。
パパはいつでもいいよ〜と
言ったけど、いざやるとなると
面倒。
そのうちそのうちで20年。
パパはいなくなってしまいました。
一周忌前にお仏壇が届きます。
その前にそれを置く和室のふすまと畳を替えることに。
ふすまは先日終わりました。
柔なピンクのペチュニアの柄。
この家に越して来た時、最初に買った花はペチュニアだった。
玄関前のウッドフェンスに掛けた花はペチュニアだ。
たぶん何度かパパはペチュニアを買ってきてくれた。
畳は来週新しくなるよ。
せっかく新しくなるのに、
パパに見て、触って、新しい畳の香りを感じてはもらえない。
でも私も息子も前向きに進んでます。だから、パパ
安心してね。





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発作

2017/07/09 18:08
記念日反応と言うらしい。
この数日、日に何度か突然 息ができないような、過呼吸のような、
どうにもならない発作のような症状が出る。
なぜ今になってだろうか?
たぶん一年前のを思い出したから?
一年前の今日、パパはある高原で
行われたマウントトレイルに出場していた。
前日夜に、友人の方がクルマで迎えに来てくれて代わる代わる運転して、早朝現地について、山の中を40キロほど走ったんだ。
その後みんなでバーベキューをした楽しそうな写真がある。
結局 パパにとって人生最後のレースだった。
それからたった2ヶ月ちょっとでパパはいなくなった。
一年前の今日は楽しそうだったのに。

今はパパの部屋に入ること、パパの物を見るだけで息ができなくなる。
とても苦しいです。
誰にも言わないけど。
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準備

2017/07/04 23:43
まだまだと思っているうちに一周忌まであと3ヶ月を切った。
お墓ができて一安心、しかしお仏壇選び、法要を頼むお坊さんへの連絡、石材店にも連絡、お仏壇を入れる前にずっとやろうと思った畳と襖を新しくする。
これらをやろうと思いながらなかなか
動けなかった。
どきどき鉛のように心も体も重くなり、
今までなら、ちょっと調子悪いんだよ
と言えばパパが、デパ地下でお弁当や
おかずを買ってきてくれて、休んでたら
いいよと言ってくれた。
でもあの日以来、私はそう言える人がいなくなってしまった。
息子は気にしてくれる。
でもパパに言ったように、本当の弱みは
言えないみないだ。息子には息子なりの
葛藤もあるだろうから。

パパか旅立たってから、多くのことを1人でやった。予定外に色々なところが故障したり、泣きたくなる日もたくさんあった。実際泣いた。
パパは向こうできっと「ごめんな」と
言っているだろう。
私がやる!と覚悟は決まっている。
ただどきどきやはり疲れる。
何ヵ月もて出来ないでいたことを昨日一日でやった。
畳と襖替の日程的決定、そうなればお仏壇はいつでも運んでもらえる。
お坊さんにも連絡。こちらは派遣の会社に頼んだけど、なかなかよさそうだ。

準備は少しずつ進んだ。
パパの力をかりず、頑張ったよ。
たぶん見えないところで力をかしてくれていたと思うけど。

ただひとつ、残念で悔しくて、
未だにまだピンとこないのは、
パパの一周忌の準備だということ。
パパはやはりいないんだね。
やっぱり姿が見えないところ、声も聞けず触ることもできない、その現実は
辛いね。
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将棋

2017/07/01 20:47
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若いプロ将棋棋士の大活躍で、
テレビでは毎日将棋のニュース。
とても良いことだと思う。

息子が小学生の頃、パパは毎週将棋教室の送り迎えをしてくれた。
毎週一冊ずつ将棋の本が増え
息子の将棋本棚はちょっとした
書店の将棋コーナー並みの品ぞろえだと思う。
パパもブログに書いていたけど
たくさんの大会にも付き添ってくれたね。
今話題のひふみんこと加藤一二三先生の指導対局にも行ったね。
パパ、稀勢の里が横綱になり、高安は大関、将棋の世界には若い天才棋士があらわれたよ。
パパがいなくなってからもう9カ月もたつんだね。


昨日、初心者向けの将棋の本を
息子にかりました。
私は駒の動かし方も何も知らないから。
パパは「覚えられるの〜?」と笑ってそうだよね。
たぶん、ムリかも‥‥
でも息子がさっと本を選んでかしてくれたのがすごくうれしかったよ。
パパと息子の手は、よく似ているよ。
もう一度、パパと息子で将棋を指しているところ、見たかったな。





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麻央さん

2017/06/23 23:31
麻央さんのブログ、パパのスマホにブックマークしてある。
パパの病気発覚は麻央さんのブログがはじまってすぐだった。
深刻な状態なのに、私は生きる という力強さが感じられた。
ユーモアもあった。
私にはまだ病気になった人の本当の気持ちはわからないだろう。
でもパパは麻央さんの文章から何かを感じていたかもしれない。


こんなことは比べるべきことではない。
ただパパが長く闘病することはなく、大学に入った息子の姿を見られ、大学を見に行くこともできた。
そう思うと少し気持ちが楽になる。

でも本当に私が一番思っていること。
あんなにきゅうに旅立ってしまったのは、私のせいかもしれない。
自宅での長期の療養になったら
私がきっとどうにかなってしまうと
心配したんだ、 そう思っている。

何もしてあげられないままだった

ごめんね パパ


麻央さん、どうぞゆっくりお休みください。

パパも おやすみなさい。
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結納

2017/06/11 22:55
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22年前の今日、結納でした。
婚約指輪をもらいました。
私はチタンの腕時計を贈りました。
両親たちと中華料理のお店で食事をしました。
数年後、そのお店では義父のお祝い、父のお祝いをしました。
息子が黄色いちょうちょ を見つけ
それが何かわからず苦戦したところです。
たったの22年。ダイアモンドは永遠の輝きというけれど22年たってもキラキラしてます。
幸いサイズは今もぴったりではめることができるよ。
今日は久しぶりに左手がキラキラして
ちょっと嬉しく、悲しかったよ。
パパ、指輪とありがとうね。

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5月28日

2017/05/28 22:49
一年前のちょうど今日、
パパと2人で夕飯を食べました。
私が映画に行って、それがパパの職場の近くで。
上映後、映画館のロビーで待ち合わせてから、少しリュックのお店を見たり、登山用品を見たりして
パパが職場の懇親会で行った高層ビルの上階の景色のいい居酒屋さんに行った。
2人だとあんまり頼めないね、と言いながらも焼きそば、ネギトロ巻き、フライドポテト、サラダ、他にも食べたかなあ。
高いところから、以前いた職場や
子供が学校の行事で行ったホール、
ドラマの撮影で使われた建物の説明をしてくれた。
パパと2人でご飯、それも電車に乗ってなんていつ以来かわからないくらい。
帰りの電車では何を話したんだろう?たぶん野球の結果とかだった。

そしてその5月28日、パパと一緒に電車に乗って、一緒に2人でご飯を食べた最後の日になった。

ご飯なんていつでも一緒に食べに行ける。そう思っていたけど
あの日が最後でした。

今日は一日それを考えてました。
いつでもできる、いつでも会える
そう思いがちだけど
そうではないのです。

本当は去年のあの居酒屋さんに行きたかった。
でも一人じゃ無理だし。
いつか来年か再来年、その次でもいい。子供と一緒に行って
あの時食べたものを食べたい。

なんてことない一日が
最後の、かけがえのない一日に
なることがあるのです。
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ラジオ

2017/05/28 00:36
ちょうど20年前の5月29日にパパがラジオに出た。
もちろん仕事。
その時担当していた季刊の広報誌が創刊されそのPR。
前田武彦さんのラジオの中で県を紹介するコーナーだった。
その時、子供が生後2カ月、里帰り出産から自宅に戻り私は朝から晩まで赤ちゃんと2人。まだ買い物も自由に行けず、泣いている赤ちゃんを一日中あやし、オムツを替え、
授乳をし、初めての育児でクタクタだった。
パパは広報誌の創刊で忙しく日付が変わってから帰る日も多かった。
ラジオ出演と言っても電話だけど生放送。緊張しただろうな。
しかし私はそんなパパをその朝明るく送り出せなかった。
みんなあるけどちょっとした育児ノイローゼ気味だっんだろう。
毎晩遅いパパに話しをする時間もなく、密室状態の狭いアパートで
私はいっぱいいっぱいだった。
でもラジオは聞いた。録音もした。
しかし、朝、頑張ってと送り出すことができなかった。
後悔したけど謝れないままだった。

つい2日前、このラジオの件を思い出しテープを探した。
みつかった。
20年前子供が生まれて2カ月の新米パパの声が聞こえてた。
やっぱり声も若い。
子供はラジオのことを知らなかったからびっくりしたかな。

なんで急に思い出したのかわからない。
ただ本当にあの放送からちょうど20年たつ。偶然とは思えない。

久しぶりに聞いたパパの声、少し若いけど間違いないパパの声、
聞けて良かった。
嬉し涙と悲し涙が同時に流れた。
子供にも聞かせてあげられて良かった。
パパ、きちんとテープ取っておいてくれて本当にありがとう。
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